ぶっちー、


こんにちは。

2022年も、はや11日ほど経ちましたが、もうお仕事バリバリモードでしょうか?

俺は先週、大雪が降った日に仕事始めで、久しぶりに都心のオフィス街に行きました。

ガラガラのオフィスビル11Fの窓から眺める東京の雪景色は、なんとも言えない殺伐とした風情があり、ちょっとテンション上がりました。


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さて、今日は最近の生活についての話をしようかなと思います。


コロナ禍に入って以降、しばらく自宅勤務をしていましたが、去年の6月頃から近所のコワーキングスペースに通っています。

月額1万円で、パーテーションで仕切られた机と椅子とWifiだけがあるという、塾の自習室みたいな空間です。

セキュリティもゆるゆるで、入室カードも何もなく誰でも出入りできるし、受付もなければ管理人もいません(たまーに管理会社の人が出没します)。

すぐ近くに、もっと洒落乙でトレンディなコワーキングスペースもあるんだけど、今のところ特に不自由ないので、この味気ない自習室で仕事してます。

本当に必要最低限の設備で、トイレもなく(必要最低限を下回ってるね)、近所にある古着屋のトイレを借りてください、という何とも他店任せな店です。

家からややアップダウンの激しい道を歩いて15分くらいの場所なんだけど、晴れた日には丘の上から富士山が綺麗に見えて、なかなか良きです。

最近の寒さでも、家から歩いて自習室につく頃にはほんのり汗をかくくらいなので、程よい運動にもなっています。


先述の通り、コロナ禍に入って以降しばらくは在宅勤務をしていたんだけど、娘が生まれてからというもの、家だとやっぱり仕事に集中できなくてね。

その結果、近所のカフェやファミレスを転々とするオフィス難民になっていたんだけど、やたらコーヒー代はかかるし、電源やwifiがないと困るし、オンライン会議もしにくいし、ということで先の自習室に通い始めました。

最近は毎朝、自分で豆を挽いて淹れたコーヒーをステンレスボトルに入れて、それから容量1リットルのプラスチックボトルに水道水を入れて、さらにはスープジャーに自分で作ったお昼ご飯を入れて(サムゲタン風の鶏肉スープとかポトフとか)、おまけに素焼きのナッツを詰めたタッパーを自習室に持っていきます。


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こんな感じ。


この生活を始めてから、お金をほとんど使わなくなり、コーヒーも飲み過ぎなくなり(1日1杯)、食事も外食中心だった頃に比べて健康的になり、アーモンドのおかげでお通じも良くなり、と良いこと尽くしです。

このブログを始めたばかりの頃、毎晩のように三軒茶屋のデニーズに入り浸り、深夜の退廃的な店内でコーヒーを何杯もお代わりしていた日々が懐かしい。



「真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなくてはならない。それが僕のテーゼである。つまり不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としているわけだ」



これは村上春樹が『走ることについて語るときに僕の語ること』というエッセイ集に書いていたことだけど、数年前に読んで、かなり刺さりました。


30代の頃から毎年フルマラソンを走っているという彼は、毎日机の前に座って何時間も小説を書く行為は「不健康」だと認識していて、そんな「不健康」な仕事を何十年も精力的に行うためには限りなく健康的な肉体が必要なのだ、というようなことを言ってるんだよね。

単に座っているのが物理的に不健康というだけでなく、小説を書くという作業は自分の中にある「毒素」を吐き出すような行為であり、そういう意味でも危険だ、とも。

確かに、健康的な小説って、毒にも薬にもならない感じであまり面白くない気がする。


昨今はビジネスマンの仕事も、基本的に「不健康」な作業が多いと思うけど(エクセルと睨めっこしたりとか)、それを継続的に行うためにはやはり強靭な肉体が必要となるのだと思う。

ムキムキに鍛え上げている、というような表層の筋肉的な話ではなくて、少ない食事量でもエネルギーを適量に保てるとか、血糖値のアップダウンが緩やかで情緒や脳の回転スピードが安定しているとか、睡眠の質が高く疲れにくいとか、そういう根本的な生命力に直結するような身体の強さというか。

去年、某国立大学の博士課程卒、外資系戦略コンサル出身のスーパーマンと一緒に仕事をしたんだけど、何より凄いと思ったのが、彼の並外れた「体力」です。

とにかく寝ない、疲れない、少なくとも疲れているように見えない。

午前2時でも、ただでさえズバ抜けて良い頭がフル回転している。

アウトプットにはめちゃくちゃ厳しいけど、怒ったり、感情的になったりはせず、いつも冷静。

オンライン会議をしながら「画面に映っているこの人は、ひょっとしてAIなんじゃないか?」と思うくらい凄かった。

寝ないのは決して良いことではないけど、それでもハイパフォーマンスで働き続けられるというのは、純粋に凄いなと思った。


もちろん、各人が生まれ持った身体能力の差というものはあって、俺がどんなに頑張っても彼のように働くことはできないと思うけど(望んでもいないけど)、自分自身のポテンシャルを最大限に発揮するには、たとえアスリートじゃなくても身体のメンテナンスは非常に重要なのだと最近思う。

まあ、エリート中のエリートが長時間労働で個人能力を競う戦略コンサルのような仕事は、ほぼ「アスリート」の世界と言って良いのかもしれないけど。


さて、コワーキングスペース、もとい自習室の話に戻ると、自分の他にも、この自習室に通い詰めている「常連さん」らしきビジネスマンやビジネスウーマンが結構います。


一角にオンライン会議可能なエリアがあるんだけど、そこは個室ではなくパーテーションで仕切られているだけなので、周りの声がダダ漏れで聞こえてくるんだよね。

だから「あ、この人はいつもいるな」とか「この人はこういう仕事しているんだな」とか何となくわかっちゃうんだけど、にも関わらずこの空間で、他人と会話をしたことがありません。

かれこれ半年間以上通って、一度もです。

同じ時間に同じ空間で、相当に長い時間を過ごしているはずの人たちがいるのに、パーテーションに仕切られているだけで、一切のコミュニケーションが生まれない。

会話はおろか、すれ違って挨拶することもない(コンビニの店内で人とすれ違っても挨拶しないのと同じ感じ)。

多分、俺だけじゃなくて、他の人たちもそうだと思う。


そもそも皆、誰にも邪魔されずに作業やオンライン会議ができる空間を求めて来ているのだろうから、別に新しい出会いとか交流とかは求めてないわけだ。

この自習室は、先述の通り誰でも出入りできるし、チケットを買えば1日単位で利用できるという、一見すると「パブリック」な空間なんだけど、実体は極めて「プライベート」な空間であるように感じる。

で、このコワーキングスペースには「プライベート難民」とでも言うべき、個人的な時間と空間に飢えている人たちが結構いるんじゃないかと思っている。

たとえば家族と一緒に暮らしている場合、自宅はあくまでも「家族との時間」を過ごす場所であって、決してプライベートな空間ではない。

もちろん、たまに行く会社のオフィスも、専用の個室が付与されていたりしない限り、プライベートな空間では全くない。

カフェやファミレスに行っても、周囲が騒がし過ぎたりすると、プライベートな感覚は持てない。

そんな風に感じている人々が、この自習室には結構いるんじゃないか?と勝手に想像しています。


「家でも職場でもない場所」と言うと、そういえばひと昔前に”Third place”(第三の場所)とかいう言葉が流行ったっけ、と今、思い出しました。

で、調べてみたところ、1989年にアメリカの社会学者レイ・オルデンバーグによって提唱されたという”Third place”は、勝手に要約すると「人と人とのカジュアルでフラットな繋がりが生まれる、インフォーマルな地域のコミュニティ」といった意味だそうで、「自分だけのプライベートな空間」とは真逆でした。

オリジナルの”Third place”には「現代のプライベートサロン」っぽいニュアンスがあるので、どちらかというと、この交換ブログが”Third place”に近いかもしれないね。

ちなみに、日本で「人と人とのカジュアルでフラットな繋がりが生まれる、インフォーマルな地域のコミュニティ」と言ったら、俺は「居酒屋」と「スナック」以外に思いつきません。


さて、もし交換ブログが”Third place”だとすると、「大人の自習室」とでも言うべきこのコワーキングスペースは、俺にとって”Fourth place”なのかもしれないな。

人が自由に出入りするパブリックな空間にいながら、自分一人だけの時間を過ごせる「第4の場所」。

パブリックと言っても、カフェほど色んな人が出入りするわけではなくて、一応メンバーシップ制にもなっている(俺は月1万円払ってレギュラー会員になっている)。

もちろん主には仕事する場所として利用しているのだけれど、誰にも監視されないし、仕事の合間に別のこともできるし(たとえばこのブログを書いたり)、休日でもフラッと2時間だけ立ち寄ったりすることもあるくらい気に入っている場所です。


この記事の冒頭に「すぐ近くに、もっと洒落乙でトレンディなコワーキングスペースもあるのですが」と書いたけど、そこは近所の小洒落たカフェやパン屋とトークイベントを企画したり、あるいは利用者同士の交流を促すような仕掛けを作ったりと、同じコワーキングスペースでも”Third place”的な要素が強くて、だから俺は近寄らないんだと思う。

「ソーシャル」な要素は一切いらないから、ただ静かに、誰にも邪魔されずに自分の仕事や作業に没頭できる空間が欲しい。

そんな俺の願いを叶えてくれるのが、今のところ、このトイレもない自習室というわけだ。

この文章も今、その自習室で書いています。


ぶっちーは最近、お気に入りの場所や空間はありますか?


2022.1.12

はるお