ぶっちー、
お返事ありがとう。
「ホワイトデーに、人生最大の捻挫」を「人生最大の挫折」に空目しました。
が、もし俺が横浜駅の階段から転げ落ちたら、それこそが「人生最大の挫折」なのではないか?と思いました。
久しぶりにご登場のぶっちーママ(交換ブログの隠れ人気キャラ)も、流石です。
毎度のことながら、お大事に!
さて、ぶっちーのお返事を読んだら無性に小籠包が食べたくなって今、ひとり鼎泰豊にやって来ました。
料理が来るのを待っている間に「都会の人間は冷たい」問題について、少し掘り下げてみたいと思います。
たとえばもし、ぶっちーが転げ落ちた現場に俺がいたら、間違いなく助けたはず。
気の利いた応急処置はできなくても、大丈夫か?と毒にも薬にもならない言葉をかけて、立ち上がるのを手伝うくらいのことはしたでしょう。
しかし、もし転げ落ちたのが知らないおっさんだったら果たして、俺は助けたのか?
わからない。
助けたい気持ちはあっても、うまく動けないかもしれない。
困ってる人を見ても、見て見ぬフリをしてしまう人のメンタリティはおそらく、
「誰かがどうにかしてくれる」
「自分には関係ない」
「めんどくさい」
「どうすればいいかわからないから何もしない」
ではないかと思うのね。
これは実にサラリーマン的という気がします。
想定外の事態が起きたときにうまく動けない、というのは、政治家を筆頭に日本人の弱点ではないかと思います。
マニュアルがないものに対応できない、ピンチに弱い。
想定外への対応力は、俺の中では自分の調子を測るひとつのパロメータになっていて、
たとえば調子が良いときは、渋谷の道端で人が何か落としたらすぐに気付いて拾って渡せる。
あと、やたら人に道を聞かれるようになる。笑
でも調子が悪いときは、こんな風にパッと動けなくて、そもそも気付かないことが多いんだと思う。
たぶん、鬱々と下向いて歩いてるから、物理的にも視野が狭くなるんだろうな。笑
おっと、ご馳走が来たのでちょっと失礼。
ふぅ、ご馳走さま。
もう慣れたけど、頭にヒジャブをかぶったお姉さんがピシッと白シャツにジレを着て、
"Here you are"と笑顔で小籠包を運んできてくれるのは、とてもKL的な感じがします。
そして、ここも都会だけど、もう少しみんな優しいような気がします。
KLには東京と比べ物にならないくらい、ホームレスも浮浪者も物乞いもたくさんいるけど、
そういう人たちにも皆、優しいんだよね。
今泊まってるホテルの近所に路上レストランがあって、夜はアラビアンDJがガンガン音楽流して賑わってるんだけど、
そこで飯食ってると5分に1回くらい、物乞いがテーブルに来るんです。
俺は最初あしらってたんだけど、よく周りを見ると皆、結構お金あげてるのね。
1皿7リンギ(190円)くらいの大衆レストランだから、お客さんだって別にそんなお金持ってるわけじゃないと思う。
でもみんな、自分より貧しい人にお金をあげるんですよ。
マレー系も中華系もインド系も老若男女も関係なく、そう。
でも、あげない人は断固としてあげない。笑
みんなあげてるんだからあげろ!という同調圧力も、ない。
あげたい奴はあげればいい、そうじゃない奴は別にいい、以上。笑
それでも結構な人がお金あげるのは、ひとつには「お互い助けあいましょう」というムスリムの精神があるのかなと思う。
前回書いたイスラム式保険というのも、そのような相互扶助の精神から成り立っているものらしい。
一昨日、イスラム式の金融機関が一同に集うパーティ(豪華すぎてビビった)に行ってきたんだけど、
イスラム金融には「金利」という概念がないらしいのね。
庶民から小銭を巻き上げるような下品な真似はやめましょう、ということらしい。
もちろんそれではビジネスが成り立たないから、金利の代わりになるサムシング(名前忘れちゃった)があるそうで、
俺からしたら「それ、金利じゃん笑」って思ったんだけど、違うらしい。笑
説明を聞いても何が違うのかよくわからなかったので、もう少し勉強しておきます。
あと、マレーシアには相続税がないらしく、金持ちの家はずっと金持ち、貧乏な家はずっと貧乏というアンフェアゲームが助長されてるらしいのね。
結果、日本とは桁違いのお金持ちがいる一方で、日本とは桁違いの貧しい人もたくさんいる。
それは本人の努力とかあまり関係なくて、生まれ育ったレイヤーの問題が大きい。
だから、日本みたいに貧しい人を「自己責任」「努力が足りない」とか言って切り捨てるようなことは、倫理的にあり得ない。
むしろ、相対的に恵まれている人がそうでない人を助けるべき、となるんだと思う。
俺は「お金は天下のまわりもの」だと常々思っていて、まあ31歳にして一向に貯金できない言い訳なんだけど、
たまたま日本のそれなりの中流階級に生まれた俺は、世界的には大変恵まれているわけで、
ここKLで暮らし始めた今、その事実を実感します(紹介される不動産からビザの取りやすさまで全然違う)。
今まで俺が触れてきた外国文化って、大半が欧米(キリスト教圏)文化だったから、
ムスリム文化がとても新鮮で、それがこの国に魅力を感じた大きな理由のひとつなんだと思う。
その背後に見え隠れるする中国文化、というか中国の存在も、少し恐ろしいけど面白い。
KLの大気汚染は本当にひどいものだけれど、人の心はまだ、そこまで汚れていないんじゃないかと思います。
幸いにも俺はまだ、駅の階段から転げ落ちてはいないけれど、
1年前に初めてこの街を訪れたとき、5リンギ札までしか入らない駅の切符販売機で必死に10リンギ札を入れようとしていた哀れな俺を見兼ねて、
「5リンギまで」と書かれた注意書きを指でチョンチョン、としてくれた通りすがりの女の子のささやかな優しさを、今も忘れずにいるのです。
2018.03.21
ハル
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